昨年12月20日付けと今年の1月5日付けで2回にわたって「私達ができる感染予防」について書きました。
奈良市内の一隅で開業して毎日いろいろな症状の患者さんを診ている医者としては、感染症の基本的な事は皆さんにお伝えできても、もっと専門的な事は私の手に余ることです。
ちょっと思い浮かべてみても、ウイルスそのものについての疑問と自粛など社会対策に関係する疑問が幾つか浮かんできます。例えば、次のような疑問です。
ウイルスに関する疑問なら次のような疑問です。
1)今では変異株が世間を騒がしているのですが、最初に世の中に広まった新型コロナウイルスとその変異株の姿形(=構造)はどのように違うんでしょう?
2)この地球上に初めて出現したウイルスですから世界中の老若男女のだれもが免疫を持っていないはずなのに、どうして、若い人と高齢の人とでは感染率(感染のしやすさ)や重症化率(重症化のしやすさ)が大きく異なうのでしょう?
3)変異株ではどうしてその年齢からくる違いが減ってきたのでしょう?
などの疑問が浮かんできます。
社会対策に関係する疑問では次のような疑問が浮かんできます。
ⅰ)飲食店での感染が最重要課題として取り上げられていますが本当に飲食店‘だけ’が感染蔓延の重要拠点なんでしょうか?それ以外の要因はないのでしょうか?
ⅱ)新型コロナウイルスに感染したと考えられる症状を示す人のPCR検査の陽性率は上がってきた(下がってきた)のでしょうか?
ⅲ)どうして日本では感染者数が欧米に比べて少ないと言われているのに医療崩壊が起きているのでしょう?
といった疑問です。
こういった疑問は、診察のちょっとした患者さんとのやりとりの中に質問されることがよくあり、医者として刺激を受けますし考えさせられることが多いのです。
ですが、最近のテレビなどの報道は、毎日の感染者数がこんなに増えてきたという提示とワクチン接種の話で殆どが占められているようです。
正直言って、普通の感覚でテレビを観ていますと、一年間、一生懸命自粛をしてきたけれど、結局、感染者数は減ること無く増えてきているとの報道ですから、「これから先、どうなるんだろう?」という不安に駆られてしまう人が多くいるだろうな、と思います。
にもかかわらず、私達が出来る感染予防に関してテレビから提供される内容は、夜には出歩かないこと(自粛)、とマスク着用と手洗い励行、についてです。
これらは大事な事ですので、いくら言われても言われ過ぎる事はないのでしょうが、毎日の報道に接して「どうなるんだろう?」という不安を抱く一方で「結局私が出来る事ってマスク着用と手洗いだけなのか」という‘無力感’を抱いている人は多いのでは無いでしょうか?
受診される患者さん達(特に高齢の患者さん達)の中にも、そういった‘無力感’を言葉にされる患者さん達に、最近、よく接します。
反対に、「結局、一年経っても(新型コロナウイルスに)かかってないんやから、これからもかからへんでしょう」とちょっと豪胆になっている人が出てきているのも、大変気に掛かります。
それで、私達が出来る「マスク着用」と「換気」、そして「寝ることの大切さ」を書くことにしました。そして「ウイルスの感染」はどうなっているのか、要点を理解していただくために、簡単にではありますが書きます。
いろいろ難しい専門的な事がテレビなどのメディアから流れてきますが、結局、私達が出来る事って限られています。そうであるからこそ、私達が出来る限られた事を改めてもう一度よく考えてみたいと思い「私達ができる感染予防」の3回目を書くことにしました。
お読みなられる皆さんのお役に立てば、と思います。
1.マスク着用は大切だけれど…。
このコラムをお読みになって下さっている皆さんに改めて聞くのですが、マスクは「なんのために」着用するのでしょうか?
空気中に浮遊しているウイルスを吸い込まないために着用している、とお考えでしょうか?幾分かはそのような効果が無いとは言えませんが、主たる効果効用は、新型コロナウイルスに感染している人が咳をした時に、咳と一緒に飛沫が口中から飛び出しますので、その飛沫をマスクがキャッチしてくれて周囲に飛散するのを防ぐことによって、周囲の人達に感染させる危険を減らすため、ですね。
要するに、自分の口中や気管にいる(かもしれない)新型コロナウイルスを周囲に撒き散らす事を少しでも減らすため、に着用するのです。
もちろん、それ以外の御利益もあります。例えば、マスクをすることで口腔・鼻腔の湿気が保たれますので、その結果として呼吸器感染症にかかる危険性が減る、とか、メイクは目元だけをバッチリすれば良い、とか。
しかし、主たる効果効用は、(繰り返しになりますが)周囲にご自身の口中・気管など体内にいる(かもしれない)コロナウイルスを撒き散らさないため、ですね。
ということは、1)広々とした野山を散歩やランニングしている時ははずしてもいいんじゃないの?と思いますし、2)いくらマスクを「ばっちし着用」していても換気不十分で室内にウイルスがいっぱい浮遊しているであろうお部屋にいれば感染するんじゃないですか?ということが分かっていただけると思います。
殆どの生活人は医療従事者ではありません。医療従事者でもない人達が、感染病棟に勤務されている医療従事者が着けている高性能マスクを日常的に着けられるわけがありません。そうであれば、いくら高価で精密なマスクを着けていても、息をしているお部屋の空気にウイルスがいっぱい浮遊しているんでは、ウイルスを吸い込んでしまいます。
そこで、「換気」が感染予防に決定的に重要になってくるのです。
2.換気の重要性。換気は「窓を開ける事」ではなく、室内気と外気を交換することです。
マスク着用は、1)に書きました理由で大事な行為ですが、ウイルスを吸い込まない、と言うことを考えますと、いくら高性能のマスクを着用しておられても、息をして吸い込む空気にウイルスがたくさん浮遊していたんでは体内(口腔から気管、そして肺)に侵入することを防ぐ事は出来ません。
新型コロナウイルスの感染予防は、体内に吸い込まない事、ですから、マスク着用で吸い込むのをブロックするか、そもそもウイルスの少ない(「いない」に超したことは無い!)空気を息するか、の二つになります。
そして、後者が「換気」です。
そこでこんな実例を考えてみます。
都会の裏通りなどによく見かける、細くて狭い路地裏なんかにある、風情あるお店でちょっと美味しいお酒とお料理を、と思って、そのお店に入っていったとします。そして、その店はコロナ対策としてしっかり窓を全開しているとします。しかし、細い狭い路地裏では、ウイルスがいっぱい浮遊している空気は滞留しているかもしれません。
また、そのお店は良心的に、お客さんの吐く息が直接他のお客さんにかからないように、との配慮で間仕切りもテーブルに用意しているとします。しかし、例えば、タバコの臭いを思い出していただくと簡単に分かっていただけると思いますが、間仕切りだけでは臭いは消えないように、あるお客さんの吐く息間仕切りで直接に他のお客さんの顔にはかからないにしても、吐来出された息(とその中に含まれているかも知れないウイルス)を積極的に店外に排出する、という事をしないと、結局、店内に充満してしまいます。つまり、強力な換気扇の併設、です。
しかし、その排出された室内気が結局狭い路地裏に充満している立地条件では、排出した室内気をまた室内に取り込む事になってしまいます。
つまり、窓を開けても狭い路地裏ではウイルスを多量に含んだ空気は滞留しますし、間仕切りをしただけでは店内にウイルスが浮遊充満することを防ぐ事は出来ません。
ウイルスが浮遊している(かもしれない)空気を排気して‘新たな外気’を取り込む事が必要です。
そういうことを考えますと、マスク着用・窓全開・間仕切り設置、をせっかく頑張って行っても、それらと同時に、空気の流れの悪い路地裏に大きな扇風機を備え付けたり、換気扇の性能を上げて排気力を高める事が必要です。
幸い、寒い冬は去りました。
3,寝ることは大切です!
皆さんは、体調が悪いときは、どうされますか?
中には、「悪い体調に負けじ」とお肉や魚のタンパク質をたくさん食べる、という方もおられるでしょうね。ですが、疲れた時は、できるだけすぐに寝てください。しかも、身体を温かくして寝てください。但し十分に水分補給をした上で!お風呂に入ってから、とか、いろいろなお考えがあるでしょうが、とにかく、よく寝てください。
新型コロナウイルス感染症が、新型、と言われるのは、免疫がないから、ですね。では、免疫のない感染症に人間は負けるのか?と改めて考えますと、私達が生まれた時は、殆どの感染症に免疫を持っていません(当たり前ですね)。だから、小児科のお医者さんの日常医療の大半がお子さん達の感染症対策になるわけです。
そして、新たなウイルスが感染しますと、なんと無くしんどくなり熱が出てきます。この時に、○○を食べると身体が強くなるから、とか考えて、○○を食べつつ仕事を続けられる方がおられます。
なんとなくしんどくなっている時点で感染しています。その時に○○を食べても遅いでしょう。だから、仕事や生活の状況が許せば、すぐに寝ることを強く奨めます。
テレビ報道などでは、△△を食べると自然免疫が上がります、とか、いろいろな情報が流されていますが、「寝てください」だけでは番組にはならないので、いろいろな食材が提示されますが、熱が出る・けだるい、は感染初期の徴候かもしれませんから、すぐに寝るようにしてください。
4.ウイルスの感染について。難しい話はおいといて…
テレビなどの報道で、新型コロナウイルスにかかると、匂いや味が分かりにくくなります、肺炎になります、血栓が飛びます、…と専門の先生方が仰っているのを聞いてこられた、と思います。あれもこれもいろいろな症状が出てくる!大変だ、と思いますね。
その一方で、新種のウイルスだから免疫がまだ無いだけで、「新種のカゼ」みたいなもんです、と発言される方もおられます。こちらを聞きますと、ちょっと安心。
しかし、これら二つのご意見には大変な違いがあります。あまりにも、表現に差があります。そして、人情としては、悪い方を思ってしまいます。恐いですから。
ウイルスも細菌も、とにかく眼に見えないんだから、何が何か分からない、という殆どの人にとっては不安だけが増大します。(この状態が一年以上も続いているのですから、そのストレスたるや大変なモノ、だと思います)
ついでに言いますと、医者だって、ウイルスを目で見るためには電子顕微鏡で見るのですが、ウイルス感染症の専門家でないと、見ることはありません。
さて、このウイルス感染について簡単な説明をします。
皆さんは輸血で感染する肝炎、B型肝炎やC型肝炎、をご存じだと思います。これらの肝炎は恐いので、輸血や検血の時には必ず検査されることになっています。
そこで、一つ質問ですが、B(C)型脳炎、って聞きませんよね?
これらの肝炎が輸血で感染するのなら、輸血された血液は脳にだって肺にだって腎臓にだって巡るはずです。そうしますと、B(C)型肺炎、B(C)型腎炎があったって不思議ではないはずですね。しかし、そういう病気は起こりません。なんででしょうか?
B(C)型肝炎ウイルスは肝臓が好きなんですね。
丁寧に書きますと、肝臓の細胞に感染する仕組みを持っているのです。同様に、インフルエンザは膀胱の細胞が好きではないのでインフルエンザ膀胱炎は起きません。
長々と書きましたが、人に感染するウイルスは、人の身体の中に気に入った細胞があり、そこに「ぺちゃ」とくっついて、その後にうまくその細胞の中に入っていって、その細胞を乗っ取ってしまって、ウイルス自身の身体をその細胞の仕組みを使って作らせるのです。
では、新型コロナウイルスは、どこが好きでしょうか?唾液腺や舌の粘膜細胞、肺の中の細胞、血管を作っている細胞、腎臓や心臓の細胞、などです。だから、これらの細胞に入り込んで(つまり感染して)、これらの細胞を乗っ取って増殖します。そして、最終的には乗っ取られた細胞は潰されてしまうわけです。
ちなみに、コロナウイルスのPCR検査で唾液が使われるのは、唾液腺や舌の粘膜細胞に感染してそこで増殖した結果、唾液に出てくるので、検査に使えるのです。
さて、では、新型コロナウイルスは一気に血管を作っている細胞にまで感染して血栓を作るのでしょうか?
血管を作っている細胞にくっつくには血液の中に入っていかねばなりません。
どういう風にして血液の中に入っていくのでしょう?
私達の肺の奥には肺胞という部屋があります。そのお部屋(肺胞です)で、息によって吸い込んだ空気中の酸素と血液(この場合静脈血です)の中を運ばれてきた二酸化炭素が交換されます。つまり、肺の奥には、酸素と二酸化炭素を交換するために、いっぱい血管が分布しているのです(毛細血管です)。そのために、肺の奥(肺胞内)でウイルスが感染して増殖しますと肺胞に分布している毛細血管にも感染を広げられますし、そのままうまく血液中に入り込む事が出来るわけです。このようにして、血管の細胞にくっつける状況が出来るわけです。
5.最後に。
毎日の診療でとても気になることがあります。
ご高齢の方々で肺や心臓の悪い方々にとっては、散歩は、足腰の弱るのを防ぐためだけでなく、肺や心臓の働きを元気に保つ効果があります。そして、何よりも、歳を取って、ご家族も遠く離れられたり亡くなられたりで、孤独な生活を余儀なくされている状況の多い高齢者には、散歩で戸外に出る事によって数少ない友人と会える機会でもあります。
ところが、テレビでは新型コロナウイルス感染症で高齢者の重症化率や死亡率が高いことで恐怖を持つことで、戸外の散歩を取りやめられたり、散歩の時もマスク着用を欠かさず行う事で結果的に散歩そのものが息苦しくなって、散歩の距離や時間が少なくなってしまっている人が多いようです。
このことは、数ヶ月前から、診察の場で「マスクをして散歩するのがしんどくて散歩をしていません」と仰る患者さん達が少なからずおられるので、気になっていました。
それで、マスク着用はなんのためにするのか?ということを改めて問い直す必要を感じました。
繰り替えしになりますが、マスク着用の主たる目的は(体内にいるかもしれない)ウイルスを咳などで周囲に飛散させないため、です。そうであれば、広々とした河川敷や自然公園、誰も歩かないような空き地、を散歩される時は、マスク着用の必要性はありません。
もちろん、知り合いの人とばったり出会ってお話しをされることもあるでしょうから、マスクは持っておかねばなりませんが。
もう一つ。
大阪市内と東京都内の感染者数の増大が大きな大きな問題になっています。東京都23区内には627平方㎞余りの広さに965万人の人が、大阪市24区内には223平方㎞余りの広さに270万人ほどの人が、住んでおられます。
これら二つの地域は世界有数の人口密集地帯であり、地方の市区町村と比べれば、路地裏も多ければ飲食店数も密集度も異なります。私は、この感染症の姿をより深く知るためにも地方市区町村での蔓延仕方についても知ることができたら、と思っています。
大前 記(2021年4月26日)