前回、感染経路について細々と書きました。その要点を書きます。
感染経路には、大きく3つあり、A)感染している人の咳を近くで浴びる、B)換気不十分な部屋に居続ける、C)換気をしていても人が多くいる場所(部屋や満員電車など)にいる、の3つであること。そして、A)は密接、B)は密閉、C)は密集、に相当すること、を書きました。
そして、A)では飛沫内のウイルスを近距離(数メートル以内)であびることで鼻や口の中に侵入する、B)では換気不十分な室内に漂うエアロゾル(マイクロ飛沫)内のウイルスを、吸い込んだり、ウイルスが付着した手指で鼻や口をこすったりした結果、そのウイルスが鼻や気管の粘膜に付着して体内に侵入する、C)では知らぬ間にウイルスが付着した手指で触った口や鼻の粘膜から体内に侵入する、が存在し、しかも体内侵入経路はこれらだけである、と言うことを書きました。
しかし、C)では、換気は行われていても、それ以上に人の密集程度が高いと、その場の空気中にウイルスを含んだ飛沫や飛沫核が十分に排出されないで蓄積する場合がありますので、その様な状態も考えますと、その空間の空気をその場所にいる人達が呼吸をして吸い込むことは十分考えられます。ですから、決して、手指からだけの感染とは言えなくなります。つまり、飛沫・飛沫核の吸入による感染経路、も考えられると言うことです。
皆さんと割り切って理解して、考えて行かねばならないことがあります。
さて、これから具体的に予防策を考えていくのですが、2点、とっても大事な事で、皆さんと割り切って理解して、考えて行かねばならないことがあります。
●まず1点。
前回のまとめとして、「感染経路」を上記A)B)C)の3つに分けて考えました。そして、A)では感染している人と密接している場合が飛沫が飛んでくること、B)では換気の悪い場所で人が密集していますと吐き出された飛沫が乾燥して飛沫核になり、それを吸入して感染すること、と言うような説明をしました。確かに、テレビなどでは、そのように厳密に区別して説明していますね。
でも、考えてみて下さい。私自身、そういう説明を聞いていて(或いは観ていて)だんだん分からなくなって来て頭がこんがらがってくるのですが、なんでだろう?と思い、原因を考えますと、飛沫も飛沫核も私(達)には見えないし、それらを区別して日常生活での予防策を考えられるのだろうか?という疑問が湧いてくるのです。
飛沫は、ウイルスを水分が包んでいて(ここで言う「水分」とは咳の時には「しぶき」と言って気管の液や唾液などが絡んで飛び出しますが、その水分のことです)、その大きさは直径5㎛以上の大きさ、そして飛沫核は5㎛以下、と言われています。
ところで、皆さんは1㎛の大きさってご存じですか?
1㎛とは、1/1000mm、の大きさです。ですから、飛沫も飛沫核も私達には全く見えない大きさです。そして、とても大事な事ですが、ものの本には「飛沫は1~2mの範囲で落下します」と分かりやすくするために説明しているモノもありますが、だからと言って1mや2m先で地上に落下するとは限りません。飛沫が1~2m先で落下する、というのは、無風状態で空気になんの動きも無いとき、の実験結果です。しかし、日常生活を考えてみて下さい。静かな待合室で眼の前に座った人が咳をしました、あなたは3mは離れています。では安心しますか?
静かな待合室でも無風状態ではありません。だから、飛沫はすぐには落下しないでしょう。そうです、すぐには落下しない場合も多い。だから、そうこうしている内に乾燥して「飛沫核」になるのです。
私達は管理された実験室内で生活をしているわけではありません。雑然とした日常の世界で生きています。そのことを考えますと、有効な感染対策としては、飛沫であろうと飛沫核であろうと、ウイルスを含んだ空気をできるだけ吸わない方法を考えることが重要だと私は考えます。
●もう1点。
眼の前に毒虫がいるとします。私はムカデが大っ嫌いなのでムカデを例にします。ムカデに刺されると痛い!しかし、死んでいるムカデなら、刺さないし、怖くないですよね。言い方は悪いかもしれませんが、「ただのモノ」です。ウイルスも同じです。感染するから怖いけど、感染しなければ「ただのモノ」です。つまり、ウイルスに感染力がなければ(あたり前ですが)感染しません。
ウイルスはDNAやRNAをタンパク質で包んだ構造をしており、…と何やら科学の専門用語で話されると何か特殊なモノのように思ってしまいますが、ウイルスも感染しなくなれば(できなくなれば)「ただのモノ」です。死骸、と言うとわかりやすい、と思います。(科学用語に忠実に言いますと、死骸、という表現は「正しくはありません」が。)
なぜこういうことを言うかと言いますと「ウイルスが存在する」ことと「ウイルスが感染する」こととは同じでは無いから、です。
●一例を挙げます。
テレビで非常に素晴らしい実験を流していました。蛍光塗料を口元につけたタレントさんが映されていて、そのタレントさんがバスの中に何時間かいる間に口元についた蛍光塗料がどれくらいいろいろな場所に付着するかを明らかにした実験でした。蛍光塗料を、ウイルスを含んだ唾液に見立てますと、その放送を観た人達は、蛍光塗料の付着場所の広がりを診る事で、唾液がどれほどいろいろな所に付着するのかを知って、非常に大きな驚きを抱いた,と思います。そういう放送でした。
ですが、問題は、その付着したウイルスが全て感染性を持っているか?ということです。それと、蛍光塗料はいつまでも蛍光塗料として付着していますが、数時間も経たない内に唾液なら乾燥しますし、そこに存在するウイルスのうち感染力を保持しているウイルスも減少していくことが抜け落ちてしまいます。
さらに、ウイルスは唾液の中に含まれていても唾液そのものではありませんので、例えば軽症者の唾液であればその中に含まれるウイルス量は少ないだろう、と考えられます。
これは、何も、手指の消毒をなおざりにしても良い、と言いたいのではなく、「付着している蛍光塗料=感染するウイルス」と思い込んでしまうと、ⅰ)蛍光塗料が無くならないようにウイルスも無くならない様に思ってしまうこと、ⅱ)付着している唾液中のウイルス量には多い少ないがあるし、感染力の無いウイルスも存在しているということ、が忘れ去られてしまうこと、が実態以上に大きな不安を与えてしまうことを危惧します。
●ついでに言いますと
PCR検査はそこにDNAやRNAが存在することを証明する検査なので、感染力の無くなった(=わかりやすく言いますと「死んだ」)ウイルスもPCR検査では陽性に出てきます。つまり、「PCR陽性=感染力のあるウイルスがいる」とは限りません。肺結核を例に採りますと「肺結核が治った」ということを確認する時に喀痰の中の結核菌のDNAのPCR検査をして陽性になっても、結核治療により死んだ結核菌のDNAが残骸として残っていて、その残骸DNAの存在をPCR検査で確認している場合があります。それで、担当医師は慎重に他の検査を合わせて判断しています。
以上、長い回り道をしましたが、私達が日常生活の中でできる感染予防策を考える時、「飛沫」や「飛沫核」という眼に見えないミクロの世界のモノで対策をアレコレと区別するよりも、いっそ、ウイルスを含んだ空気をどうやったら避けられるか?を考えた方が現実的だろうという事を私は提案したいという事と、ウイルスには「感染力のあるなし」がある、と言うことを理解していただきたい、ということを示しました。
~具体的予防策~
私達が取り得る対策は、本文始めに書きましたA)B)C)の侵入路を断ち切ること、に尽きます。そうしますと、要点は次の3つです。「(ウイルスをできるだけ)吸い込まないようにする」・「(ウイルスを)手指に付着させないようにする」・「(体内の)粘膜に付着させないようにする」です。
この当たり前な3つの要点を踏まえた上で具体的な予防策を考えていきましょう。
そうしますと、具体的予防策は、次の5つ。
1)部屋の換気をする、2)人と会うときはマスクをする、3)密集な部屋にいる時(いた時)はこまめに手指を洗う、4)屋内の加湿をする、5)うがいをする、です。
以下、順次説明します。
- 1.「(ウイルスをできるだけ)吸い込まないようにする」
前回に書きましたが、コロナウイルスは1㎜の1/10000程度の大きさです。ウイルスをそのものをブロックすることはできません。もちろん、特殊なマスクなら可能でしょうが、そういうマスクをして感染対策に従事している医療従事者なら業務として身につけるマスクでしょうが、そういう専門的な業務に就いていない人が着けて日常生活を送れるはずはありません。第一、そんな気密性の高いマスクを装着するだけで息が苦しくなります。
そう考えますと、「(ウイルスをできるだけ)吸い込まないようにする」には、ウイルスを吸い込むことをブロックしようと考えるのではなく、「吸い込むウイルス量を限りなくゼロにする」事を考える方が現実的です。
そうしますと、具体策は、1)「部屋の換気をする」が実行可能で簡単な方法になります。こまめに換気して屋内の空気を外に放り出すことでそこに漂っているかもしれないウイルスも一緒に外に放り出してしまえば大丈夫!と言うことになります。でも中には、換気して外に出した空気に漂うウイルスが周辺に漂うのだからまた感染するのでは?と心配される人達がおられるようですが、大気の拡散能力は無限大ですから、あっという間に拡散します。第一、もしも、その不安のとおりなら、今頃、世界中はコロナ感染者だらけになっている筈です。 そして、コロナウイルスを室内に放り出さないと言う視点も必要です。マスクがその時に役立ちますね。マスクは、私達がしてしまう咳と一緒にでていく「しぶき(飛沫)」をマスク内にとどまらせてくれます。
でも、「私は感染していないからマスクなどする必要はありません!」って思っていませんか?前回に書きました最新の数理研究の成果を再掲しますと、「全体の感染が100人いたとして、有症状者からの感染が40人(=40%)、症状が出る前の無症状な時期の人からの感染が45人(45%)、完全な無症候者からは5人(5%)、そして環境からの感染(接触)が10人(10%)という結果」。 ひょっとして、私達自身が無症状感染者で周囲に感染させている場合があるかもしれません。すると、もし、皆さん一人一人がマスクをする習慣を守っていきますと、不用意に咳をしても、室内にウイルスがまき散らす危険性が激減することが分かっていただけると思います。
私が読んだある本に、感染していたある美容師さんがマスクをして百人以上のお客さんに接していてもその美容師さんから感染した人がいなかったのに、自宅でマスクをとって同居者を接していたら、その同居者は感染した、と言うことが紹介されていました。マスクの効果を示したエピソードですね。
だから、2)「人と会うときはマスクをする」が必要になります。 - 2.「(ウイルスを)手指に付着させないようにする」
これは、<こまめな手指消毒>しかありません。具体的対策は、3)「(密集な部屋にいる時(いた時)は)こまめに手指を洗う」です。<こまめな手洗い>ではありません。手洗い、と考えると、水道や蛇口、がないかな?と考えてしまいますが、ウイルスが付着するのは指先や手のひら、指の股、ですから、持ち運びに簡単な、濡れティッシュー(ウエットティッシュー)やハンドジェルで手早く指先や指の股をこすること、です。ベチャベチャつける必要はありません。もし水道や蛇口があるのなら、消毒薬の手指洗浄で指先を荒らしてしまうよりも、普通の石鹸で良いですから、手を荒らさない、洗い流す方をお奨めします。 - 3.「(体内の)粘膜に付着させないようにする」
具体的対策は、4)「屋内の加湿をする」,5)「うがいをする」です。
この3.が実は、全てに通じる予防策です。「ウイルスの感染」とは、気管や肺の内側をおおっている壁(=粘膜組織のことです)を作っている粘膜細胞にウイルスが侵入することですので、ウイルスを含んだ空気を吸わないようにするのも、手指洗浄を行うのも、これら気管や肺の粘膜組織にウイルスが到達しないようにするための方法です。ですから、最終的には、みな、この3.にまとまってしまいます。
が、ここでは、ちょっと視点を変えて、粘膜組織そのものにウイルスが侵入しにくいようにする、そういう方法を考えてみよう、と言うことです。
具体的対策として2つ挙げました。順次、説明します。
4)「屋内の加湿をする」ですが、屋内の加湿が2つの効果をもたらします。1つは、屋内の空気が湿っていると、咳などで屋内に放り出された飛沫がなかなか湿り気を帯びることで、なかなか乾きません。そのために、小さな飛沫核になりにくく、仮に、その場にいる人達に吸い込まれても、肺の奥にまで吸い込まれるよりも鼻やノドの奥に引っかかって止まる比率が多くなります。つまり、鼻や口の中、ノドに付着してそこでの症状を起こすことから始まりますので、突然肺炎を起こして息苦しくなる、というのとでは事態の重大さが異なります。
さらに、もう1つ。寒い冬の空気は乾燥しています。それで咳き込む人が多くなるのですが、部屋を加湿することで、咳き込む人が一気に減ることを皆さんはご存じ無いですか?これは、気管や気管支の内壁にある粘膜組織の表面にある水分層が湿度により潤うことで乾くこと無く、そのままに保持されるんですね。そうすると、粘膜への直接刺激が一気に減りますので咳き込みが減るのです。言い換えると、ウイルスが付着しにくくなります。しかも、この水分層にはリゾチームなどの物質が溶け込んでいて、感染をさせないように働いています。そういう物質は、水分層が保たれていないと働きません。加湿をすることで、気管や気管支を守る環境を守る事になります。
加湿は、50%以上を保たれたら良いのではないか、と思います。
5)「うがいをする」ですが、口の中(口腔内)やノドの奥鼻の中(鼻腔内)に、ウイルスを含んだ水分の塊がひっかかってたとして、うがいにより洗い流す事ができます。これも、加湿されていて、ウイルスが肺の奥に吸い込まれること無く、口腔内やノドの奥、鼻の奥(鼻腔内)にとどまりやすい状態だとより効果的です。 ところで、今回の新型コロナウイルス感染症は、まだ理由が明らかにされていないようですが、若い人よりも60歳以上の高齢者に肺炎が多く、死亡率も高い事が報道されています。「免疫機能の差」なんでしょうか?
私は、脳神経内科の患者さんを診る事が主体ですので、この分野の患者さんは、脳梗塞や心筋梗塞を患った経験のある高齢の方々が多いので、1つ気になることが、日常診療の経験から、あります。
それは、高齢者の方々は、唾液を自覚無く、気管内に嚥下されていることが多い,と言うことです。時々、高齢の患者さんで、「元気がなく食欲もなくふらつくので診て欲しい」と言われて診察していて、唾液を知らず知らずに寝ている時などに飲み込んで(誤嚥です)気管支炎や肺炎にになってしまっている患者さんをよく診るから、です。 それで、今回の新型コロナの感染症がなぜ高齢者を重症にする率が多いのか、その理由は分かりませんが、私自身の日常経験から、このような「意識しない軽微な誤嚥」が1つの原因になっているのでは?と思うのです。それで、寝る前にうがいをされておかれてはどうでしょうか?という提案です。
以上、できるだけ具体的に書いてきました。私達は、コロナを恐れていても生活のために全員がリモート業務で済まされるわけではありません。N-95という息苦しくなるマスクを常時身につけて仕事ができる訳でもありません。明日もあさっても電車やバスに乗って仕事に出かけねばなりません。そういう多くの人達が実行可能な方法を考えてみました。
お役に立てれば幸いです。
大前 記(2021年01月05日)